2007/01/26

改名パピヨンチョコレート


「蛙ゲロチョコ」というのがある。
といってもこれは、とある旧大英帝国コメディの中でのネタ。知っている人には何のことだかすぐ分かるはず。
でもって、旧大日本帝国では口の中でとろけるアンバー風鱗翅類チョコレート(パピヨン・チョコ=略してパピチョ)が流行のようである。食べた人には何のことだがすぐ分かるはず。

このパピヨンチョコに「害は無い」といってのけたことを今更ここでどうのこうの言っても仕方なく、このパピヨンをヒョイと抜き出して金よこせと恐喝して地に落ちてしまうのも情けない。だから、皆さん、ちとでも思いついたらおよしなさい、そんなことは。またとない「当たりくじ」を引いたと思っておけばよい。

どうせ、こんな企業はいずれ、甘露飴の如く輝く慈悲深きわれわれの記憶の中で「蛾」のように硬直してしまうのだから。

われわれの身体は驚異に満ちている蛾、目に見えるものには案外疎い。
自分の顔をいくら洗ったとしても、微生物・細菌だらけだ蛾、美人を見るとそんなことも忘れて、束の間呆然となる。
自分についているものは、ひと先ず「無害」だというわけだ蛾、これは大きな間違いである。

話は全然違う蛾、全体主義というのはこの完全処理の不可能な細菌を取り除こうとするオーバカな政治体制であって、基盤そのものからして、細菌がある程度くっついてるからこそ保湿可能な顔のようなもので、そこにファンデーションを塗りたくろうってんだから、もっぱら体制不全の上に成り立っている。

今どきの日本をトータルに結束するものはない蛾、事ある毎に国旗掲揚・国歌斉唱というのもいい蛾、それ蛾「ヤダ」という連中を捕まえて減俸だとか免職とかいうのは芸蛾ない。どうせならば、「せめて鼻歌でも歌っておくれ」と頼み込むの蛾旧大日本帝国臣民の筋である。多分、唱いたくない連中は「千代に〜♪八千代に〜♪」蛾気に入らないのだろうから、「ニノニ〜♪ナニノニ〜♪」とホノグラムを流してやる。格好のよいものではない蛾、お経のようで和むにちがいない。ちなみに、新しいロシアじゃ、国歌の歌詞も新しいから誰も覚えてない。だから、国民規模のホノグラムみたいなものだ(モスクワの町には看板があるー「みんなで国歌を覚えましょう」)。

人間は「勘違い」するものである。企業はこの人間の塊で、昆虫みたいな顔をしていても人間には似ていない。そして、この勘違いを何度も繰り返しても、「勘違いどころじゃない!」と騒ぎ立てるのは人間の方で、この人間相手の商売が出来ない昆虫集団はいずれは全滅するのである。ただの「間違い」となり、これが嵩じてはもはや世間では「気違い」ということになるからだ。

外野からは「こんなの間違っている、おかしい、ちがう、ちがう!」とマス人間的正義の声が叫び続ける。でも、これにも「が」が混入している。人間の顔をした昆虫の鳴き声が紛れ込んで。