
生き物とは何か。
それは永遠を担保にして、束の間の命を手にした者たちのこと。
破産すれば、しかし、担保は取り上げられるのでもなければ、売却されるのでもない。
それはすんなり返還される。でも、どうやって?
すべての財産を失う代わりに、紙切れ一枚の人生を生と死のクリップで閉じれば、還ってくる担保。
永遠を分かち合うほど素直な遺産相続人などいやしない。
だから、自分でそれは片づける。
のし掛かる無担保の担保、命と決して釣り合わぬ、その辺に転がる漬け物石の墓碑。
だから墓地は、破産家族の憩う糠床。
人間はもともと蛆に起源を持つもので、その蛆というのがぞっとしない単純極まりない管であり、中身は空っぽ、あるといえば悪臭を抱え込んだ虚ろな闇ばかりなのだ、という自らの考えを彼は打ち消すことができなかった。--- プラトーノフ

「不快とは何か」などと書くと、つい快楽原則とかを逆に想像してしまうが、不快とは快を誘引するものであることは間違いない。例えば、神戸市職員の「不快手当」。聞いて驚くなかれ、と言いたいところの響きを持つこの「手当」には勤労を不快とするアンチ・カルヴァン派的なニュアンスが伴う。勤労はエネルギーを消費する、しかもその消費が徒らなものとすれば、むしろ浪費と呼ばれるべきであり、したがってその浪費は勤労者にとっては不快、よって手当の対象となる。
最近筆が進まないのは何故か、と考えていたらいろんな邪魔者を発見。
私は基本的にはアナルキストなので、こんなことをぶちまけたところで何の得あるいは徳にもならないが、この世界は出鱈目である。
今日、私は朝から笑っている。何か良いことがあったから笑っているのではない。ただ、自分がいかに欺かれていたというか、いかに自分で自分を欺いていたか、ということに笑ってしまったのだ。
生活環境によって生殖方法を適宜変える生物がいる。好適条件を利用して大量繁殖するために用いるのが単為生殖で、いわゆる自分でじゃんじゃん「産めよ殖やせよ」をメスから実行する。これぞ「男のいない平和」である。こうして個体群の密度が上昇し、数が増えてくると、やっときちんとした卵を作るのに必要な相棒、オスが現れる。こんどオスとのあいだに出来る卵はすっかり硬い殻でコーティングされているので、環境がどれだけ悪化しても休眠状態に入ってしまえばいい。嵐が過ぎ去るのを待つのである。オスはこの時やっと、メスの卵の「殻」を強くする、いわば皺隠しに塗りたくる白粉ほどの価値はなんとか獲得する。人間界をミジンコ界と比較すると何とこの世は価値に満ちあふれていることか。
「ETA」が弱小言語であるバスク語の研究集団から武装集団に変貌していったが非合法組織というのは知られている。
信愛すべきサァ・スチュワート・カンタベリー殿!
2612年109月2.26日(パカパカ)
宇宙、少なくともこの地球上では神の思考実験、つまりそれはすでにホンチャンの実験として、脳細胞増殖計画が進行中である。
エコロジカルなマインドとは何か、と少し考えてみる。変な言葉だが、今やこれを聞けば何となく連想するものは誰にでもいくつかはあるだろう。まあ、別段、かく言う自分は誰に強制されたわけでもないのだけど、「地球にやさしく」という言葉が昔から気になっているので、今日はこの種の「やさしさ」を取り上げる。
【8日】「“ネオ・ヤポニカ種”が絶滅の危機」

