2006/03/01

忘れられない守護聖人


「守護聖人」と題したが、私はカトリックとは何の所縁もない者だから、これから書くことは単なる数珠つなぎ的な雑記である。


だから話は全く関係ないところから始まる。


コードネームは「スカーレット」

ここ最近というもの、日本には「インテリジェンスが必要だ、全くその意識が欠けている...云々」と、さも何かの秘密を握っているような物言いの似非賢者たちがテレビを賑わしている。特に国家戦略がらみの言説では「○×研究所所長」とかいうダブルに太っといネクタイ(大抵赤色だが、緋色がお似合いなのに)のオッサンがニュースキャスターの横にちょこりんと座っていて、まだこれから五時間くらい喋っても足りないってな感じで帰って行ったあとのコマーシャル明けに、目がチカチカするネクタイを見なくてすむのは何と清々しいことか。

「インテリジェンス」という言葉が今の意味で使われるようになるのは丁度16世紀の半ば以降のことで、それまではいわば、広く一般に耳よりの情報や告知・警告を届けるといった「広告」の意味合いで使われるのが普通だった。これを日本に持ち帰ったのが明治以降のことだから、意識が欠けているのはある意味当たり前のことなのだけど、こうやって、この16世紀が今回のネタの発端となったのである。

気になりだした本家本元の情報収集活動=諜報を色々と調べていくと、王家の周辺に諜報活動の専門集団が形成され始めるのがやはり同じく、この16世紀で、より正確には、新旧教徒の覇権争いが激化した聖バルトロメの虐殺前後の時代に遡る。

と、ここまでは単なる枕でしかない。
聖バルトロメ、これは十二使徒の一人。そして、ここでやっと先に触れておいたカトリックのお話である。

この聖人はカトリックではパトロン聖人(などと書くと、どこか遠いところからやって来た人みたいだけど)、いわゆる守護聖人。でも、聖書を見てもこの人の名前はほとんど出てこない。ヨハネ福音書になると、名前すらない。どうしてなのか、という理由はここでのテーマじゃないから深くは掘り下げないけど、彼の本名が実は「イエス」だったことから、混同を避けるために変えたという話がある。これはシリア系の伝承らしいが、しかし、これもどうでもよい。

ただ、少し話を保たせるのなら、こうだ。
ミケランジェロの「最後の審判」に皮だけになってぶら下がっている人が一人いる。これは後に出来たバルトロマイを描く際の伝統で、生きたまま皮を剥がれて殉教したことから、彼は革職人のパトロン聖人ということらしい。何とも日陰である。ダラリと垂れたダリの時計って感じ。

問題はここから。

イエスの死後そして復活後、使徒たちは宣教の旅に出る。パウロによる異教徒ストア派の前での演説があまりにドラマチックな舞台装置には少々驚きだが、せっかくの晴れ舞台なのに肝心なオチがないので失笑を買ってしまう。一方、バルトロマイはインド、そしてさらには、自殺したイスカリオテのユダではなく使徒であるタダイのユダとともにアルメニアへ向かったという(ここにアルメニアが世界最古の使徒教会と称する所以がある)のだけど、これもあまり関係ない。ここでは、日陰にいたバルトロマイからさらに日陰のユダにバトンタッチをしてもらう。

昔から深夜はハリウッド系ドラマというのが定番だが、僕が好んで流し見していたのが「ヒル・ストリート・ブルース」だ。アメリカにとってシカゴという町が特別な場所(アメリカ第二の都市、人口密度では第三の都市)なのは分かるけど、日本風の「部長刑事」とか「はぐれ刑事」みたいな泥臭い刑事物は先ずない。アメリカの刑事物は大概、悪人と善人の区別がつかず、だから、警察署内での横領とかがテーマになりやすい。勧善懲悪とかにしようとすれば、どうしても「ナイトライダー」みたいなフリーメーソン風の超然とした秘密組織が必要になってくる。日本でそういう物を見るのなら、刑事物はお薦めできない。それこそ「仮面ライダー」が一番。

話がそれたが、やっと本題。
シカゴは1770年代にハイチ人(非白系)のジャンーバティスト・ポワント・ドゥ・サーブルが最初に根城を構えた場所で、実はアメリカ史においての彼の位置は、白人でないことから良い扱いを受けてはいない。町の長にもなれなかった彼は自宅を売り渡して西部へ旅立つわけだが、その理由も未だにはっきりしていない。アメリカの歴史においては、いわば「敗残者」に仕立て上げられてしまったままだ。

上段で、すでにバトンタッチしてもらっているユダにここでやっと登場してもらうが、彼は名前が同じ「ユダ」ということもあって、祈りの際の混同を避けるために、祈りの対象にはあまりならず、ある時期まで高い人気がある聖人とは言えなかった。ところが、ヨーロッパではスペイン・イタリアというカトリック教国で日陰にあった彼はいわば「リバイバル」を果たす。これが1800年代初頭という。はっきりとした因果関係はここには見いだせないが、南アメリカ経由でこの聖人崇拝は合衆国アメリカに辿り着く。その発火点となったのが他でもないわれらがシカゴである。

ユダは敗残の守護聖人。

「ヒル・ストリート・ブルース」の舞台はシカゴ。だから、シカゴ市警察の守護聖人はもちろん「聖ユダ」。

敗残の苦悩に耐える場所、そこにはいつもユダがいる。