
ツイッターを離れた。
先日のことだ。
あの喧噪、あの狂騒に神経が持たない。
というか、他にも色々理由はあるが、そんなことはどうでも良い。
ドミートリィ・ゴールチェフの原稿(来月の『すばる』)をこの前書き終え、ほっとしてからのこと。
やはり、彼のようにブログをやろうと思ったのも理由の一つとして挙げられるかもしれない。
彼のことは原稿の中で書いたのでここでは書かない。
一つだけ書くとすれば、現代ロシア文学における卑語の流れ。
これは一つのテーマになる。
その切っ掛けは誰だったのか。
やはり、亡命作家だろうが、その名前を挙げるとすればアレシコフスキィとリモーノフ。
因縁があるのかどうか、リモーノフには間接的に関係している。
だが、これも今は言わない、というか、今後も言わない気がするが...
これとは別のリモーノフの話。
先月から取り掛かり、少し時間がかかりそうな気配。
いつもなら電車の中で気兼ねなく訳をする僕も、
彼のものは人目を気にしないわけにはいかない。
卑語が時々出てくるだけじゃなく、テーマがきわどいからだ。
隣に人がいる時は本を読む。今日もそうだった。
マルガリータ・メークリナ(Маргарита Меклина)というペテルブルク出身の女性作家。
彼女はほぼ僕と同い年で、サンフランシスコのベイエリアにいるらしい。
多分、ユダヤ系で、移住して十五年以上なるそうだ。
高尚そうで、難しめの作家には、ナボコフだのボルヘスだのと、百年以上前の作家の名前を引き合いにして褒めることが多いが、
どれも的外れなことも多い。だが、彼女はもしかしてその的を射てるのかもしれないという気がする。
訳者としては挑戦的だからだ。
如何にも判断基準が軽薄そのものだが、間違ってはいないと思う。
きっと今の作業が終わったら、彼女に近づくだろうと思うし、それだけの引きを感じる。
野暮な商売だと思う、翻訳ってのは。
でも、魚釣りよりもきっと満足出来るはずだ。
金にはならないが...。